市報にいがた 令和元年5月5日 2694号 5面
最終更新日:2019年5月5日
みなとまち新潟 歴史探訪(21)
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新潟に外国船がやってきた
安政5年(1858年)に安政の五か国条約が結ばれると、新潟湊の水深測量と開港地の調査のため、外国船が突然新潟へやってきました。
最初に現れたのはロシア船でした。安政6年(1859年)4月22日、船の大きさは約45メートル、100人ほどが乗った蒸気船ジギット号は、沖合に停泊した本船からボート2艘(そう)を降ろし、20人ほどが信濃川河口の水深を測量しました。その後新潟町に上陸して本町通や大川前通を遊歩し、鶏40羽・卵500個・葱(ねぎ)1貫目・山芋106本・大ナシ2貫を買い求めて帰船しました。これこそ、新潟の人々とヨーロッパ人との初めての接触でした。
ジギット号の報告によれば「上陸して街へ行こうとする私たちを、新潟奉行所の役人たちは言葉と合図で食い止めようとしたが失敗した。新潟の人々は外国人を一目見ようと群れを成して集まってきた。前進する我々に対し、付添人(つきそいにん)と化した役人たちは町人たちを追い払い、家や店を閉めるように命ずるなど、我々の散策の目的を妨害した」とあり、初めての上陸は混乱の中進んだのでした。
沖合に停泊した外国船を、水先案内の「引船」2艘と応接船、3艘の役人の船が出迎える(「新潟湊之真景」新潟市歴史博物館蔵)
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